1.典型的な理工系の学生でした
— 就職を考えるようになった時期は、いつ頃ですか?
山本: 就職の思案をしはじめたのは修士1年ですが、その進学を考えたという意味では学部4年の初めです。今と比べると就職活動スケジュールは一般に遅かったのですね。私は、典型的な理工系の女子学生でした。授業にはちゃんと出て、大変だと騒ぎながら実験してレポートを書いていました。
実験はあまり上手じゃなかったのですが、数式よりは実験の方が「楽しい」って気持ちがあって。学部4年生は有機化学の研究室に入りました。
学部卒が88年なのに対して、男女雇用機会均等法の施行が86年でした。だから、社会の動きを敏感に感じ取って、もっとあれこれ考えていてもよかったのに、と今なら思います。でも、その頃はそういうことは頭の中になかったみたいです。
やっぱり何て言うのかな、学生の時って本当に自分のごく周りのことしか知らない。社会全般の動きなんて、わかっていない状態だなと振り返ります。
— みんなそんな感じですよね。狭い世界、周りの世界の中で考えて動くみたいな。大学としては、進学を選ぶ方が多いのでしょうか?
山本: 「当時の私の所属では」という限定ですが、1/3が進学、2/3が就職というイメージでした。
その時は、職種として「研究職に就きたい」って思っていたので、「それなら進学した方がいいよ」という周囲の声を受けて、「修士に行こう」と悩まなかった。だから、学部の頃は職業についての意識が頭の中になかったのだと思います。
4年生でサークル活動も離れて研究室に入ると、世界はそれまで以上に狭くなりました。女子大は、男女の役割を意識せずに活動できるよさはあるけれど、少しのんびりしている印象があって。研究者になるなら、「男性とともにバリバリと頑張る環境で研究していく方がいいかな」って考えて、外の大学に行きました。
— 修士の時に他の大学に進学したんですね。
山本: はい、お茶の水女子大学から、修士は東京工業大学へ進みました。
それで、修士課程の1年目ですね。そこでもう早速キャリアの転機を経験したんです。
— キャリアの転機ですか?
山本: そうです、大学院にいって「研究職は向いていない」って実感したんです。学部の頃は「実験は下手だけど好き。好きが一番」だと思ってやっていたんです。
だけど、修士の時の実験は本当に上手くいかないて。1年経ったところで、「めぐり合わせもあるから、研究テーマを変えよう」って、指導教員に言われました。それが、私にはものすごくショックだったんです。
1年間頑張って、我慢して続けてきたのに、ダメなのか、と。研究職に向いている人は、こういう展開になってもショックを受けない人なのではないか、と思い当たったのです。
— そうですね、1年目から上手くいくテーマに巡り会える可能性も低い世界ですよね。
山本:そうなんですよ。
1年を無駄にしたといっても、修士の学生であれば「卒業させないよ」ってことにもならない。それほど深刻な状況ではない。「こういうやり方ではうまくいかない」というのも、重要な知であり、それを見つけるということも研究においては意味があること。だから問題は、「本人がそれを辛いと思うかどうか」だけです。
考えてみれば企業なんて、簡単には進まない研究開発をずっと続けているわけですよね。医薬品はその典型でしょう。それこそ、「自分が関わった案件は、定年まで続けたけれど、商品化につながらなかった」ってこともありえる世界ですよね。研究に取り組む、そのこと自体をおもしろいと思える人が、研究職という職業を全うできるのだと思うんですよ。
— 今だから言えるという話でもありますよね?
山本:そうですね。
でも、この経験を経て、「好きなだけでなく、向いていることをする」というのが、仕事を考えるうえでの新たな指標になりました。研究職は仕事のスパンが長いのも、「自分には合わないな」と思った理由の一つです。研究職は無理、でも科学技術関係のことはやりたい。短期間で集中してできることはないかなと、別の仕事を考えるようになったんです。
— それは、修士課程1年目の時ですか?
山本:修士1年が終わるころ、就職を考え始める時期でした。困ったなあ、どうしよう、って。
「どういう仕事があるかな」って考えるにしても、当時は今のようにウエブなどで情報を多く集められる時代ではなかったので悩みました。科学技術の財団とか、科学系の雑誌・書籍の出版や新聞とか。理科の教科書・参考書を作成する出版社も思案しましたね。
その中で、新聞社に興味を持って。
— 新聞記者という職種にですか?
山本:新聞記者志望の人は、マスメディア、報道に関心がある文系の学生が多いと思います。でも私はそうではなく、理工系で社会と関わりを持つ職として、「新聞記者という選択肢があるのか」と気づいたという感じです。
だから、一般紙よりは専門紙。専門紙の中では産業全般を対象にして比較的、幅の広い日刊工業新聞がいいなって思って。結果的に、その判断が、自分にはよかったと思っています。
— その時の選択が正しかったんですね。
山本:傾向として、「周囲がいいと言うもの」より「自分がいいと思うもの」を大事にする、選ぶという意識があるかもしれません。新聞記者を考える時に、そういう軸が自分の中にあって。
— 学生の頃から、そういう意識を持っていたんですか?
山本:そうですね。でももっと小さい頃はどうだったかな。
優等生は一般に「何でも、がんばって、なんとかやっちゃう」面があるでしょう。成績も悪くない。選択肢が多いのはよいことだけど、その結果、進学や職業を考える時、周囲の期待や意見に押されて決めてしまう。
— 何でも器用にこなせるけれど、それは「好きなことではない」みたいな感覚ですね。
山本:「好き、嫌い」や「できる、できない」だけでなく、「自分らしく自然体で力が出せて、ハッピーなものは何か」っていうのを考える必要があるかなって思います。
— その財団、教育、出版とか新聞業界を考えたのは、どういう経緯からですか?当時、ご自身で思いついたんですか?
山本:「思いついた」に近いですね。
それぞれの業界で仕事されている方に話をうかがいました。科学技術系の出版では大学の先輩も探せましたし。今の日刊工業新聞社でも、若手女性記者に話を聞くチャンスを設けてもらいました。
— 実際に話を聞いてみてどうでしたか?
山本:マスメディアを候補に考えた時に、私は体力がないことが一番ネックだと思っていました。
それで、一般紙は厳しいなというのがありました。専門紙は会社向けの新聞なので、土日に叩き起こされて事件現場に出向く、といった取材はあまりないという話で、「私にもできるかな」と思ったんです。
あと、新聞記者になれなかったとして、社内にはいろいろな部署がありますよね。イベントや展示会、本などの局もあるし、広告営業のセクションもあるし。どこに配属されても、何かしら科学技術に関係しているということで、この会社を選んだのです。
— 新聞記者でと確定していたのはなかったんですね?
山本:採用は全社一括でしたから、わかりませんでした。また最初から、「これだけ」って対象を狭めない方がいいとも思っていました。これは仕事一般についてそうですね。
「自分に合ったこと」っていっても、必ずしも最初からピッタリ合うものが見つかる訳ではなく、経験したり挑戦したりしながら、見つけ出していくんだろうなって思いますね。
— マスコミって人気があって、しかも新聞社に入るって、すごい倍率をくぐり抜けてっていう印象があるんですが。
山本:大手の一般紙の競争率はとても高いと思いますよ。日刊工業新聞は専門紙なので、それほどではないのですが、文系のジャーナリズム志望の方が多いことは一般紙と同じですね。
そういう意味でいうと、わたしは理工系の研究職から志望を変えてきていたので、他の方と違っていて。一般紙は入社試験も受けませんでした。
— 思い描いたストーリーで、上手く進んだ印象ですか?
山本:「専門紙の新聞記者が最適かもしれない」と見つけたことは大きかったです。自分の核となるものを把握できた。そこに達するまでは悩んだけれど、その後はまあ上手く進んだといえるかな。
当時はバブル期の終わりだったので、全体として就活が大変というイメージではなかったです。もっとも、研究室の仲間は、メーカーの研究職に引っ張られて実質、無試験で決まっていく中、わたしは採用試験の準備をしていましたが。
あの頃は入手できる関連情報が限られていたこともあるんですけど、就職活動で、「実際にその仕事をしている人に会って話を聞く」というのは、すごくいいなって実感しました。
— OB,OG訪問みたいな感じですね。
山本:ウェブで検索して気になる企業を調べることも必要ですが、職業を実感する点では、当事者から話を聞き出すのがおすすめです。仕事が格段にイメージし易くなるし、不安に思っているところも解消できますから。
ただ、そこで会った人は、その会社のひとつのモデルでしかないことに注意が必要です。できれば複数の人に話を聞くようにしたいですね。
— 山本さんも、話を聞いてみて、想像していた新聞社の仕事と、イメージが合致して選んだってことですよね?
山本:そうです。「これなら、体力がない理工系出身の私でも、出来るかな」って心が固まってきました。
一般紙の場合、記者はやはり体力も必要で、常にとパワー全開で進んでいく感じ。一般的には、大手の一般紙の方がいいって周囲のだれもが言うでしょう。でも、「自分らしく働くことができるのかな?」って不安に対して、私は別の選択をしました。
「自分に合っていて自然体で力が発揮でき、幸せだと感じられるか」という視点は、キャリアや生き方を考える上で、とても大切だと思っています。
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