5.キャリアの危機を振り返ってみると。。。。
— 順調に記者としての経験を積まれてきた印象を受けるのですが、実は、そうではない、見えていない部分で苦労されたことってありますか?
山本:大きな流れとしては悪くないですが、実はけっこう不安定ですよ。
「このところ仕事が思うように進まない」とか、「こんなのはやりたくない」とか、「職場の誰それと何度もぶつかる」とか、しょっちゅうです。
でもこういうストレスは、どんな仕事でもあるものでしょう。なんとか共存していくしかない。
— キャリアの危機って考えると何かありますか?
山本:「キャリアの危機」って表現、面白いですね。なんでしょう。「悔いが残るようなキャリアの転機」ってことかな。
私の場合は32ー33歳の頃ですね。公私ともに悩みが押し寄せてきた。
仕事の悩みなら、社内外のメンター、つまりメディアや科学技術の分野の親しい年長者からのアドバイスが有効で、たいていはそれで乗り越えてきました。プライベートの問題も、身内や友人と話す中で模索していける。
でも両方が重なったので苦しかった。
— 仕事とプライベート、両方ですか?
山本:そうです。
企業担当になってまもなく、上司が厳格な人に変わりました。ミスや文章の仕上がりなど毎日、怒られっぱなし。
「おかげでだいぶ鍛えられた」と今ならいえますけどね。企業担当のため他メディアとの競争も激しかった。
胃がひどく痛み、薬も効かなくて参りました。
— ストレスが大きい時期だったんですね。
山本:ちょうどその頃、結婚したので、仕事でもプライベートでも変化の時でした。
ちょっとユニークな組み合わせだったこともあり、早くこどもを持って、憧れのワーキングマザーになりたいと思いました。
ですが、それがかなわなくて。詳しくは省略しますけれど、ひどい心理状態になりました。
— それでも仕事は続けていたんですね?
山本:仕事を辞めることは、考えなかったです。
基本的には記者の仕事はおもしろかったし、「体力のない私でも両立できる職場環境を整えられたぞ」と思っていましたから。
とりあえず出産となれば、しばらく職場で休みがとれる。それで公私ともに好転できるのではないか、と思いこんでしまった。
若いときは、「これしかない」って思いがちですから。結果的には、さまざまな見方を受け入れたり視点を変えたり、長期戦になりました。
— 長引くのは辛いですよね。
山本:後半、「今回の件はどうやらうまくいかないらしい」と思うようになった。
それで「自分がエネルギーを注ぐ対象としては、やはり仕事しかないのか」と思い直したんです。すると、「こどもがいないなら、別の選択肢も考えられる。
もしかしたら、別の仕事の方が、私には向いているんじゃないか」ってなっちゃいました。
— 新聞記者以外にですか?
山本:これもまた、憧れみたいなものだったんですけど、「小説を書く」っていうのがありました。
文章はずっと好きでしたし。
それで4年ほど、講座に通って、原稿用紙100枚程度の小説を書いてみたりしました。
— 小説家になる講座ですか?
山本:そうです。もしも上手くいったら…と想像しましたが、これもまた、向いていないとわかりました。
小説家は、とてもとんがった感覚が必要で。ちょっと普通ではおつきあいできような面もある。変人です。それでないと、刺激的なものは創造できないんだ、って実感したんです。
— なんか分かる感じがしますけど。
山本:私らしさを考えると、それはちょっと違うかな、と。
私は社会的な感覚がそれなりに強いと思う。同じ文章を書く仕事といっても、“科学技術と社会の間を繋ぐ活動”の方が、自分は向いている、って分かりました。
— こちらも数年かけての取り組みですね。
山本:ある程度の期間、努力してみて、難しいとわかった。
「そうか、神様は私をそっちに導こうとしていないんだな。そっちじゃないんだな」と納得しました。
こどものことも、小説のことも、30代終わりに区切りをつけられました。結果的には前の形に戻っただけだけど、前向きに“卒業”するところまで持っていけた。
「いろいろ考えて取り組んで、納得して、区切りを付ける」という姿勢が身についたんです。これは私の辛かった30代の収穫です。
— もし、これらの希望がかなっていたら、どうでしょう。
山本:どちらも憧れが実現して、記者の仕事と両立となったとしたら、私は仕事が“そこそこ”になっていたのではないかと思います。
でも、そうならなかった。その結果として、科学技術と大学の記者として1ランク上の仕事に取り組むことができた。
夢は叶える努力をするものだけど、叶わないこともある。
本当の意味で大人になるに連れて、だれもが実感することですよね。
それに「これが一番、いい」なんて本当のところ、わからない。両方同時にやってみて、選ぶということはできないのだから。
私の場合は、きっとこれでよかったんです。まあ何事も、人生はそう思うしかないですよね。
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